― 小さな魚泥棒 ―
ここはリムサ・ロミンサ
潮風の吹く漁師ギルド前で、冒険者は一匹の猫を目撃する
「待ちなさいっ!」
シシプの声が響く
猫は、丸々とした身体からは想像もつかない速さで、魚をくわえたまま木箱の隙間をすり抜けていく
「……あれが噂のファットキャットですか?」
「ええ。ここ数日、魚を盗んでいくの。困ったものよ」
そう言いながらも、シシプの表情には、単なる怒りとは違うものが浮かんでいた
「でも、不思議なのよね。盗む魚は決まって傷があったり、売り物にならないものばかりなの」
疑問を抱えながら、2人は猫の後を追った

たどり着いたのは、港から少し離れた岩陰
そこには、小さな猫たちが身を寄せ合っていた
ファットキャットは、くわえてきた魚を自分では食べず、子猫たちの前へ置いた
子猫たちは夢中で魚にかじりつき、その様子を見届けると、ファットキャットはようやく息をついた
追いついたシシプが、静かに息を吐く
「……そういうこと」
やがて、シシプは小さく息を吐く
「この子は、自分が食べるためじゃなくて……この子たちのために魚を盗んでいたのね」
冒険者は頷いた
「でも、盗みを続けさせるわけにもいかない」
「ええ、そうね。どうしたものかしら」
シシプは漁師ギルドの方へ視線を向け、少し考えるように顎へ手を添えた
「ひとつ方法があるわ」
「方法?」
「漁に出れば、どうしても傷がついたり、売り物にはできない魚が出てくるの。捨ててしまうこともあるけれど……」
シシプは、岩陰で寄り添う子猫たちを見つめる
「それを、この子たちに回せないかギルドに掛け合ってみましょう」
冒険者が目を見開く
「そんなことができるの?」
「正式な売り物にはできなくても、食べる分には問題ないものもあるからね。少し手間はかかるけれど……この子が盗みを働かなくても済むなら、そのくらいの手間は惜しくないわ」
シシプはそう言って、ファットキャットへ微笑みかけた
「あなたも、もう魚を盗まなくていいのよ」
ファットキャットは返事をするように、短く鳴いた

それから数日、漁師ギルドから子猫たちへ魚が届けられた
子猫たちは少しずつ元気を取り戻し、やがて自分たちで餌を探せるほどにまで成長していった
最後の魚を置き終えた冒険者が振り返ると、ファットキャットが後ろからついてきていた
「君はもうここに残らなくていいの?」
ファットキャットは答えず、冒険者の足元で立ち止まった
冒険者が手を差し出すと、ファットキャットはその指先へ額をそっと押しつける
「……そっか」
冒険者は丸い頭を撫でた
「今度は、君が守られる番だね」
ファットキャットは目を細め、喉を鳴らした
シシプがふっと笑う
「どうやら、あなたを頼ることに決めたみたいね」
「頼られているのか、魚を期待されているのか……」
冒険者が苦笑すると、ファットキャットは足元へ身体をこすりつけた

その日から、ファットキャットは冒険者の旅に加わった
かつて誰かを守るため、魚を盗むしかなかった小さな猫
今度は、自分を守ってくれる者のそばで、与えられるだけではない温もりを知りながら、ともに歩む道を選んだのだった
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