ー小さな村の大きな戦士ー
ホルミンスターは、レイクランドでも特に穏やかな丘陵地帯にあった小さな村
朝霧がゆっくりと晴れていく頃、黒い毛並みの元気な柴犬――村人たちに「クロ」と呼ばれていたこの子は、毎日決まった時間に目を覚ます
クロの一日は、羊たちを起こすところから始まる。赤い首輪をキラキラさせながら小屋から飛び出し、「ワン!ワン!」と元気いっぱいに吠えて羊小屋へと向かう
まだ眠そうな子羊たちを鼻先で優しく突っついたり、短い尻尾をブンブンと振って「一緒に遊ぼうぜ!」と誘ったりする

羊飼いの老人――クロの世話役である彼は、笑いながら朝の干し草を配りながら言った
「おいクロ、今日も張り切りすぎだぞ。子羊が疲れてしまうだろうに」
クロは「ワン!」と一声返し、まるで「まだ遊び足りない!」と言わんばかりに尻尾を振る
やれやれと苦笑した老人はしゃがみ込み、黒い頭をゴシゴシと撫でながら、報酬の干し肉の切れ端をやった
クロは嬉しそうにそれを頰張り、目を細めて喉をゴロゴロと鳴らすのだった

昼間は村の子供たちと一緒に丘を駆け回る
ララフェルの女の子が花冠を作っていると、クロは近くに座ってじっと見守り、時折落ちてきた花を咥えて「これも使って!」と届ける
ヒューランの男の子が木登りをしているときは、下で「危ないよ!」と吠えて注意するのも、彼の自然な役目だった
そんな子供たちと遊んでいる時、たまに若い女性が訪れることがあった
彼女は子供たちと楽しそうに遊んだり、老人と談笑したりする、どうやらこの村に定期的に用事で訪れているらしい女性だった

目が合うと必ず寄ってきては優しく撫でてくれ、楽しそうに話しかけてくれる
最近の彼女は特に生き生きとしており、クロはその明るい雰囲気が大好きだった なすがままに撫でられながら、彼女との短い時間をいつも大切に過ごしていた
夕方になると、羊の帰還誘導が始まる
クロは群れの後ろを走り回り、はぐれようとする子羊を素早く追いかけて鼻でポンと押し戻す
その姿を見た村人たちは、
「クロがいれば、今日も一匹も欠けずに帰ってこれるな」
と安心して夕飯の準備を始めた
こうして、なんでもない穏やかな日常を守るために、クロは毎日駆け回っていた
夜は老人の足元で丸くなって眠る
暖炉の火がパチパチと音を立てる中、老人はクロの背中をゆっくりと撫でながら昔話を聞かせてくれた。この時間が、クロは何より好きだった
まどろみの中で思い浮かぶのは、昼間出会ったあの彼女のこと
今度はいつ会えるのだろうと、来る日を心待ちにしながら、クロはゆっくりと目を閉じるのだった
そして、ある朝――
朝霧が立ち込める中、クロはいつものように小屋から飛び出して羊たちを起こしに行った
だが、その日は違った
遠くから聞こえてきたのは、奇妙な光の響き
空が白く染まり、レイクランドの空に巨大な光の裂け目が走る
村人たちが戸惑う間もなく、白い翼を持った「罪喰い」が丘を越えて降りてきた

「逃げろ! みんな逃げるんじゃー!」
「クロ! お前も早く!」
羊飼いの老人は叫びながらクロを抱き上げようとしたが、クロは老人の手をすり抜け、村の中心へと駆け出した
子供たちを、羊たちを、大切なこの村を守らなければならないという本能が、黒い毛並みを燃え上がらせていた
すると、目の前に一際大きな罪喰いが降り立った
白く輝く体躯に、わずかに人間だった頃の面影を残した女型の姿――テスリーン
それは、この村を定期的に訪れ、クロを優しく撫でてくれていたあの女性その人だった
彼女はもう、人間ではなかった。光に蝕まれ、罪喰いと化した姿で、村人たちに向かってゆっくりと手を伸ばす
光の槍が次々に生まれ、人々を異形の姿へと変えていく
「ば、化け物だー!」
「たすけてぇー!」
村人たちの恐怖の叫びの中、クロは迷わず彼女の前に飛び出し、小さな体で精一杯吠えながら、テスリーンの目の前に立ちはだかった
「ガルルルッッ!!!」

テスリーンが動きを止め、 白く濁った瞳が黒い柴犬を捉えた
記憶の奥底で、何かが疼く。本能のままに動いていたその腕は、確かにあの柴犬を撫でた時の感触を覚えていた
一瞬の沈黙の後、再び攻撃の手がクロに向けられる
しかしその腕はわずかに震え、光の槍が放たれる直前で軌道が逸れた。地面を抉るほどの衝撃だけで、クロの体は吹き飛ばされ転がった
「ワンッ……!」
痛みに吠えながらも、クロは立ち上がろうとする
テスリーンは頭を抱えるように苦しみ、再び光の力を溜め始めた。
今度こそ容赦なく――
その瞬間、強烈な光の奔流が罪喰いの背後から襲った
「ここは俺が引き受ける!!!」

駆けつけたのは、光の戦士だった
彼は素早くテスリーンの注意を引き、激しい戦闘が始まる
「よく頑張ったわ! あなた偉いわね。あとは私たちに任せて」
倒れたクロの頭を優しく撫でる女性――アリゼーもまた、温かな笑みを浮かべていた
クロは倒れたまま、必死に目を凝らして戦いを見つめていた
自分の村を、自分の大切な人々を守ってくれている姿を
戦いは激しかったが、ヒカセンの手によってテスリーンはついに倒れた
白い体が光の粒子となってゆっくりと崩れていく

村は半壊していた
クロはよろよろと立ち上がり、テスリーンが消えた場所へ歩み寄った
鼻先で地面を嗅ぎ、かすかに残る彼女の匂いを覚えようとするように
そこへ、柔らかい手がクロの頭に触れた
「よく頑張ったね、勇敢だったよ」
アリゼーだった
彼女は優しく微笑みながら、クロの傷ついた体を抱き上げ、毛並みの埃を払ってくれた
しかしクロはすぐにアリゼーの腕からするりと滑り落ち、ヒカセンの元へとよろよろと歩み寄った
ヒカセンは膝を折り、静かにクロを見下ろした。激しい戦いの後だというのに、その手は血と埃にまみれながらも優しく伸びてくる
クロは怯えず、その大きな手に鼻先を押しつけた
温かかった
テスリーンと同じ、優しい温度がした
「……ワン」
小さな一声
それでも、クロの短い尻尾はかすかに、けれど確かに左右に揺れた
村はもう、元の穏やかな場所ではなかった
クロは振り返り、愛した村と人々をゆっくりと見つめた
そして、再びヒカセンへと顔を向けた
――この人のように戦えるようになれば、いつかこの村のような惨劇を防げるかもしれない
大事な人たちが悲しむ姿を見なくて済むように、僕も力になりたい
クロはヒカセンの足元にぴたりと寄り添い、短い尻尾を力強く振った
その瞳は、はっきりと「連れて行ってくれ」と訴えていた
アリゼーが少し驚いたように目を丸くする

「え……この子、ついてくる気みたい……」
ヒカセンは一瞬言葉を失った後、静かに頷いた
そしてクロを抱き上げ、自分の胸元にそっと抱き寄せた
黒い毛並みが、戦士の鎧に擦れる
「……ああ、来いよ。俺の傍にいれば、もう誰もお前を傷つけさせない」
その声は低く、けれど確かに温かかった
クロはヒカセンの胸の中で、目を細めて小さく「ワン」と鳴いた
痛む体も、失った村の痛みも、胸の奥の寂しさも、この人と共に歩むのなら、きっと耐えられると思った
こうして、レイクランドの小さな村で羊守りをしていた黒柴「クロ」は、光の戦士の傍らを歩む道を選んだ、いつかまた、誰かの笑顔を守れるように
そして、優しく頭を撫でてくれるあの温もりを、決して忘れないために
ミニオンとして黒い小さな影は今日から、世界を駆ける冒険者の足元で、 忠実に、勇敢に、尻尾を振り続けるのだった。

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